音楽

高畑勲×久石譲「かぐや姫の物語」サントラ「天人の音楽」の制作秘話

映画「かぐや姫の物語」サントラの制作秘話

天人の音楽。

高畑勲監督の遺作となった「かぐや姫の物語」の最後のシーンで、月の使者として雲に乗って到来する仏。

この仏の迎えとともに鳴り響く印象的な演奏が、久石譲さん作曲の「天人の音楽」です。

僕もこの作品を映画館で鑑賞し、あの最後のシーンの、月から現れる仏たちの姿と明るい曲調の音楽に涙が止まりませんでした。

かぐや姫の別れの場面。しかし、悲しみを煽るような曲でもなく、「明るい」と言っても元気になるような曲でもありません。

淡々と、圧倒的な、美しい残酷さ。

ああ、もう彼らが、あの音楽と一緒に現れたら抗うことは不可能だ、と諦めさせるほどの力強い音楽。彼らの前では、矢は花となって風に揺れ、兵士はたちまち眠らされてしまいます(無垢な子供たちだけが彼らの力の届かぬ場所にいるようです)。

この「天人の音楽」の制作秘話として、高畑勲監督と、サントラのほとんどの作曲を担当した久石譲さんの対談で語られていた内容が面白かったので紹介したいと思います。

まず、あのかぐや姫を迎えに来た仏たちの絵にはモデルがあると高畑監督は言います。

それは、平安時代以降に多く描かれた阿弥陀如来迎図(あみだにょらいごうず)です。

阿弥陀如来迎図とは、阿弥陀仏が、臨終の際に、信者を迎えるために極楽浄土からこの世に現れたときの光景を描いた絵図です。

阿弥陀二十五菩薩来迎図(鎌倉時代)

 阿弥陀聖衆来迎図(鎌倉時代)

高畑監督が、昔の来迎図を見ながら考えた最初の発想というのが「サンバ」でした。

阿弥陀来迎図という阿弥陀さまがお迎えにきてくれる絵があります。平安時代以来、そういう絵がたくさん残っているんですけれど、その絵の中で楽器を奏しているんですね。

ところが描かれている楽器は正倉院あたりにしかないような西域の楽器ばかりで、日本ではほとんど演奏されていない。だから絵を見ても当時の人には音が聞こえてこなかったと思います。

でも、打楽器もいっぱい使っているし、天人たちはきっと、悩みのないリズムで愉快に、能天気な音楽を鳴らしながら降りてくるはずだと。最初の発想はサンバでした。(高畑勲)

出典 : 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー ロマンアルバムより

絵に描かれる楽器は見知らぬ異国のもの。それなら当時のひとは絵を見て一体どんな音を思い描いたのだろうか。

仏(死)の訪れと、打楽器。

きっと「サンバ」のように、どこか愉快で能天気な音楽を鳴らしながらやってくるのだろう、と当時のひとは想像したのではないか、と高畑監督が想像した、ということなのでしょう。

この「サンバ」という突拍子もない発想の種から、久石譲さんが、ケルティック・ハープやアフリカの太鼓、南米の弦楽器チャランゴなどを使ったシンプルなフレーズを混ぜ合わせたメロディを膨らませていきます。

そして、完成した曲を、却下されるかもしれないと思いつつ高畑監督に渡すと、「いいですね」と。

高畑監督に「サンバ」と言われ、当然ながら、久石さんは最初衝撃的だったそうです。

しかし、逆にスイッチの入った久石さんは、映画全体は西洋風の音楽をベースにしていたものの、ぎりぎり外れない瀬戸際まで思い切ったのが、この「天人の音楽」でした。

こんな風にして、あの世紀に残るクライマックス(「怖い」「トラウマ」といった声も多い名曲)が完成したのです。

わらべ唄

ところで、サントラと言えばもう一曲、映画のなかに登場する印象的な音楽が「わらべ唄」です。

「わらべ歌」

まわれ まわれ まわれよ 水車まわれ
まわって お日さん 呼んでこい
まわって お日さん 呼んでこい
鳥 虫 けもの 草 木 花
咲いて 実って 散ったとて
生まれて 育って 死んだとて
風が吹き 雨が降り 水車まわり
せんぐり いのちが よみがえる
せんぐり いのちが よみがえる

「かぐや姫の物語」より

実はこの曲は、高畑勲監督ご自身が作詞作曲しています(作詞は脚本家の坂口理子さんと共作)。

公式サイトのプロダクションノートによれば、曲制作の際には、〈初音ミク〉を使用し、久石さんにデモを聴かせていたそうです。

高畑監督がプロデューサーを務めた「風の谷のナウシカ(宮崎駿監督)」で、久石譲さんを映画音楽に起用し、久石さんは一躍脚光を浴びました。

二人は出会ってから30年。かねてから久石さんは高畑さんと一緒に仕事をすることを熱望していたようですが、意外にも監督と作曲家としては「かぐや姫の物語」が初タッグでした。

なぜか。そこには高畑監督の「気づかい」がありました。

僕はこれまで久石さんにわざとお願いしてこなかったんです。『風の谷のナウシカ』以来、久石さんは宮崎駿との素晴らしいコンビが成立していましたから、それを大事にしたいと思って。

 出典 : 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー ロマンアルバムより

これは高畑監督と久石さんの関係性というよりも、高畑監督と宮崎駿監督のなんとも言えない関係性を物語るエピソードですね。


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詩や短歌、絵画、写真など芸術の世界に関する事柄を綴ったメモ帳。サイト「逸話のうつわ」、ツイッター「作家の手紙」管理人。